自己紹介

 はじめまして😀

 フルートをかれこれ35年くらい吹いている、岡田恵美子と申します。

 フルートを始めたきっかけは、中学校のブラスバンドでした。

姉がその数年前にフルートを習いはじめたのち、すぐにやめることになってしまったので、自宅にフルートがあり、中学校の部活を決めるときになるべく先輩後輩の仲がよく、辛くなさそうなところに入ろうと思って、姉から勧められて、ブラスバンド部に入部したのがフルートを始めたキッカケでした。

 そして、高校受験の時に、勉強だけやって生きていくのはイヤだなぁ、、、と思い、半ば思いつきで音楽の道に進みたい!と思い、高校は地元の埼玉県立大宮光陵高校音楽家に進学しました。

 これが思っていたよりも大変で。

 ソルフェージュという科目があることを知り、楽典という科目があることを知り、やめていたピアノを再開し(副科ピアノという科目がある)、フルートの個人レッスンに通うようになり。両親がよく勉強させてくれたなと今でも思います。

 そのころの私は、はっきりいえば下手だったので、一日34時間練習しないと、志望校には入れないよ、と先生からいわれていましたので、必死で練習をしました。

 中学校三年生になって、音楽の道を目指したゆえに、フルートを始めたきっかけだったブラスバンド部の練習にほとんど出ることができなくなり(部活の顧問の先生には許可をいただきましたが)、後輩たちに迷惑をかけました。そして嫌われました(苦笑)。今思い出しても、なかなかの嫌われようでした。

 高校では、かなり頑張って練習しました。

 大学は、桐朋学園大学音楽学部に入学しました。

 大学が実家から遠くてなかなか大変でした。練習量が減って、若干さぼり癖が付いたかもしれないのが今思うと悔やまれます。。

 大学を卒業し、憧れのフランスに留学しました。プライベートで習っていた先生に教えていただいた、ナント地方音楽院のギィ・コタンのところで一年間学び、次の年は、パリ12区区立音楽院のカトリーヌ・カンタンのところで一年間学び、それぞれの学校で満場一致の一等賞の成績を得て卒業しました。そして帰国しました(2000年)。

 帰国後、路頭に迷ってしまい、実家の問題で悩んでいたこともあり、このまま音楽を続けるべきなのか、それとも何か他の仕事を探すべきなのか、迷いながらアルバイト生活と時々演奏活動の生活をしている中で、キリスト教の信仰を持ちました。

そして、キリスト教のことをもっと学びたい、と思うようになり、神学校で学ぶことを決意しました。そのことを伝えると、親に、「音楽の道はもうあきらめたのか」と聞かれました。親に対してとても申し訳ない気持ちになりましたが、いったん勉強に集中することになるかも知れないと答えました。

そのすぐ後、父が病気で亡くなり、私は思いました。

親が苦労して学費を出してくれて、たくさん学んできた音楽をいくら神学校に行くからといって、自分勝手な気持ちで中途半端に投げ出すのは、何か違うのではないかと。

それで、音楽活動を続けながら学ぶことのできる日本聖書神学校(夜学・働きながら学ぶスタンスの学校)に入学し、卒業、伝道師、牧師となり、現在に至ります。

牧師になってからも、さまざまなところで演奏する機会をいただいてきましたが、私はコロナ禍でだいぶ演奏の機会が減りました。今まで当たり前のように与えられていた演奏活動が激減してしまうと、自分の演奏はもう必要ではないのかも知れない、というネガティブな気持ちになることもあります。しかも、私は牧師という仕事もしているのですから、無理に音楽活動を続ける必要あるのか?という気持ちさえも出てくることがあります。そういう中で、フルートも音楽も自分にとってとても大切なものであることをさらに実感するようになりました。それは理屈ではないわけです😅年齢とか立場とか、人の目とか、そういうものに縛られるのではなく、自分にできそうなこと、発信できそうなことを、あまりこだわらずにやってみようかな、と思う中で、ブログもやってみようかなと思いました。

ブログでは、フルートに関係する今までの思い出話や、Youtubeに演奏をアップしたときにどんなことを考えて演奏したのか、また日々思ったことなど綴っていていければいいなと思っています。

最後までお読みくださりありがとうございました🙏


岡田恵美子

 

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